トルコ国家情報機構(MİT)は、2013年にレイハンルで53人が死亡したテロ事件の実行犯の一人で、シリア人のオメル・アル=ハティーブ容疑者を、海路でヨーロッパへ逃亡しようとしていたところ、作戦を実施し拘束しました。
国際刑事警察機構(ICPO)を通じて国際手配されていた同容疑者は、レイハンルでのテロ事件の計画と組織に関与していました。
オメル・アル=ハティーブ容疑者とは?
オメル・アル=ハティーブ容疑者は、1976年にシリアのイドリブで生まれました。ダマスカスの第14師団で兵役を終えた後、しばらくイドリブで建設業に従事しました。
シリアで内乱が始まった2011年にラタキアへ移り、バッシャール・アル=アサド配下の軍事情報機関「アムン・アル=アスカリ」の下で、反体制派に対する武装活動を行っていた「シャッビーハ」に加わりました。これを通じて、当時、同機関のラタキア支部長を務めていたキファーフ・メルヘムと知り合いました。
また、2011年以降、ラタキアに滞在していた際、レイハンル爆弾テロ事件に関与したほかの実行犯らとも知り合いました。ラタキアの別荘で共同生活を送っていたジェンギズ・セルテル、エルジャン・バヤト、ユスフ・ナズィクとともに、ラタキアやケセブ周辺で密輸活動を行っていました。
レイハンル爆弾テロ事件を共同で計画
オメル・アル=ハティーブ容疑者は2013年、トルコ国内での攻撃を計画していたユスフ・ナズィクを、キファーフ・メルヘムと引き合わせました。この会合で、攻撃計画の詳細が決められました。
まず、ハティーブ容疑者とナズィクは、事件発生前の2013年2月にハタイからトルコに入り、攻撃を実行する場所を選定しました。その後、ラタキアにいたメルヘムの承認を得ました。
また、ハティーブ容疑者は事件発生前の2013年5月、テミル・デュカンジュとともに軍事情報機関「アムン・アル=アスカリ」のラタキア支部を訪れ、爆弾装置に使用する資材を受け取りました。
爆弾を積んだ車両は、デュカンジュとナズィクによってレイハンルに運ばれ、遠隔操作式の爆弾装置で爆破されました。
アサド政権から多額の報酬
ハティーブ容疑者は事件直後、シリアへ逃亡したデュカンジュとナズィクを、軍事情報機関「アムン・アル=アスカリ」のラタキア支部に連れて行きました。
その後、ハティーブ容疑者をはじめ、事件を実行した関係者らには、バッシャール・アル=アサド政権から多額の報酬が支払われました。
MİT、段階的に追跡し拘束
トルコ国家情報機構(MİT)は、レイハンル爆弾テロ事件の発生直後から、実行犯らの拘束に向けた捜査を開始しました。ほかの実行犯と同様、オメル・アル=ハティーブ容疑者についても、シリア国内での活動を注意深く監視していました。
その後、ハティーブ容疑者がヨーロッパへの逃亡を計画していることを受け、MİTは作戦を実施しました。同容疑者が海路でヨーロッパへ逃亡しようとしていたところを拘束し、トルコへ移送しました。
事件の実行犯や計画に関与した人物のうち、ユスフ・ナズィクは2018年、ジェンギズ・セルテルは2024年、ムハンメド・ディブ・コラルとテミル・デュカンジュは2025年に、それぞれ拘束されています。
一方、レイハンル爆弾テロ事件を指示したキファーフ・メルヘム少将は、2024年2月にバッシャール・アル=アサドによって国家安全保障局長に任命されました。メルヘムは、アサド政権の崩壊後、国外へ逃亡したことが分かっています。























